今では、光輝会唯一のイベントになっている演武会が終了した。今年は欠席者が多かったのが残念だが、四十名の参加で楽しく演武会を終了することができた。入門部、少年部は九月から演武の稽古を行ってきたが、全員のレベルを上げるのは難しいことを痛感した。
間違えないように技を覚えるのに、三カ月は充分だと感じるが、6歳の子には少し難しいようだ。少年部高学年でも時々間違えているのも見ると、稽古日数ではなく意識の問題ではないかと思う。どれだけ本気で合気道に取り組んでいるか、どれだけ強くなりたいと思っているか、どれだけ上手になりたいと思っているかという“思いの強さ”が問題だ。『先生、これであってますか?』と問いかけてくる小学一年生は、やはり、上達が早い。五年後が楽しみだ。
東洋思想家の安岡正篤さんは、「本気で願うと、願いは叶う」ということの面白い例をあげておられる。「書物でも、何か真剣に研究を始めて本屋へ入ると、それに関連する文献は必ず目に入る。不思議に、それこそ本に霊があるかのように、待ってましたといわんばかりに、ふいっと目に入る。これは本屋あさりする人は皆経験することだ。ところが、こちらが何の問題意識もなしに、つまり空空漠漠で本屋へ行っても、くだらない駄本しか目につかない。それと同じように、人間も真剣に求めていると必ず求める人物にぶつかるものです。生きた人物にもぶつかるし、故人にもぶつかる。」
もっと強くなりたいと願う気持ちは、吸収力を高め、見えないところまでも見ようとする力が働く。ところが、なんとなく稽古していると技の名前さえ覚えようとしないし、技を間違えることがある。ここには天と地の差がある。山口先生の稽古では、“ここはこう”と言葉で指導されたことは数少なかったが、投げて頂くことが多かった。いま、指導する立場になって、「ここはこうするんだ」と受身をとらせることで指導されていたことを今更のように感じる。
