第64回 気力

年を重ねて八十五歳、わずか一週間だが床に就いて驚くほど記憶力が減退してしまった私の母。インプットされている過去の記憶は自由に出し入れできるのだが、現在の記憶はメモリに書き込むことができなくなるようで、時間にして十分ともたない。いずれは自分もこの母のようになるのかと思ってしまう。

最近テレビで元気な九十歳の姿を見かけることが多いのだが、五十三歳の時からアメリカで柔道の指導を行い、昨年、二十年ぶりに帰国した九十六歳の福田敬子さんがいる。今なお現役で指導を行っているわけだから記憶力減退とは縁遠いのかもしれない。

柔道の創始者加納治五郎先生との出会いが福田さんの人生をすべて変えてしまった。加納先生の、柔道を通して人として生きる道を学ぶ、世のため人のためになる、という教えは福田さんの人生の根幹となっている。八十歳のとき、フランスに招かれての講習会では、稽古前の生徒の不審な表情が、いったん指導を始めると、みるみる変化し、稽古が終わると「また来てください」と言われた。また、九十六歳の今でも車椅子から立ち上がり、生徒に支えられながら道場に立つというから大変な気力の持ち主だ。実際、どのような指導をされるのか、非常に興味を抱くところだ。

我が子の声や姿をみて元気を取り戻す母親を見ることで、生命は気力によって保たれていることがわかる。しかし、それ以上に若いころの情熱を維持し続け今も指導を続けられる福田さんの気力はどこからくるのだろうか。福田さんは、『加納先生の教えを真っ直ぐ自分の胸において人生をすごして生きたい。そして先生に、「おまえは優等生だ。おまえはいい子だ。」と言ってもらえるのが、人生最後の望み。』だと言う。

夢に向かって前進することが気力維持につながるのだろうか、体力が低下しようとも常に気力を維持する努力を怠ってはならないと思っている。

 

 

2010年4月4日 | カテゴリー : めざせ達人 | 投稿者 : koukikai