第212回 されて嫌なことは人にはしない

 二十三年前、河内体育館で二人だけの稽古を始めてから、息子と一緒に合気道をしたくて近所の子ども達や保育園の友達を誘い、徐々に子どもが集まるようになった。子ども達に合気道を教えていくうちに、技を教えることよりもっと大切なことがあると思い、「あいさつ、へんじ、トイレのスリッパ」の三点を道場心得とした。いま反省すべきは、この道場心得が子ども達に染みこんでいないことだ。

 臨済宗円覚寺が運営する幼稚園では、「自分がされて嫌なことは、人にはしない。そうすれば皆幸せに生きられる。」、それだけを手を変え、品を替えながら話をして子ども達の心に植付けているのだそうだ。合気道の稽古が本格的になってくると、徐々に自分にされて嫌なことを意識するようになる。“受け”の場合は、当て身が入ること、強引な投げや受身の着地瞬間に押さえつけられる等を経験することがある。また、“取り”の場合は、相手が故意に受身を取ろうとしないということ。子ども達の世界でも、“取り”のときにそれを目撃することがある。また、相手と組む時に、組むことを拒否され、傷つけられることもある。円覚寺のこの教えは、合気道稽古の基本であり、受身を取ってくれる相手に感謝と思いやりの気持ちとを持つことと共に、この点をもっと強調すべきだと考えている。

 円覚寺管長の横田南嶺さんの体験談で、高齢女性の悩みを聞いた時、『別れても良いけど三日でいいからあなたの最高にあり方をして別れなさい。何十年とご一緒だったら何がご主人の好みかもあなたが一番よく知っているから、ご主人の好きなものを作って差し上げなさい。』、『三日でいいですか?』との会話。ところが二日目にご主人から電話があり、『あれだけ家内を変える先生に会いたい』とのこと。

 これ以上の詳細は不明だが、女性は最高のあり方を実践し、その結果何かが大きく好転したと思いたい。どんなに良い教えを頂いても、それが心に届かなければ何も起こらない。ここは、高齢女性の素直な心の勝利だと思われる。

2022年10月1日 | カテゴリー : めざせ達人 | 投稿者 : koukikai